大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成11年(行コ)84号 判決

控訴人 A野花子

右訴訟代理人弁護士 森田明

同 藤村耕造

同 安田英二郎

同 山本英二

同 高橋瑞穂

同 小野毅

同 三木恵美子

同 井上啓

同 岡部玲子

同 荒井俊通

同 佐藤優

同 三宅弘

同 近藤卓史

同 二関辰郎

同 古本晴英

被控訴人 国

右代表者法務大臣 臼井日出男

右指定代理人 小池充夫

〈他3名〉

被控訴人 横浜市長 高秀秀信

〈他1名〉

右被控訴人両名訴訟代理人弁護士 村瀬統一

同 二川裕之

同 大和田治樹

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人横浜市長が控訴人に対して行った原判決別紙処分目録一及び二記載の各公文書非開示処分を取り消す。

3  被控訴人国及び被控訴人横浜市は、控訴人に対し、連帯して一三〇万円及びこれに対する平成七年六月二四日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

5  第3、4項につき、仮執行宣言

二  被控訴人ら

控訴棄却

第二事案の概要

本件事案の概要は、原判決を後記一ないし三のとおり改訂し、後記四以下に当審における当事者双方の主張を付加するほかは、原判決の事実及び理由の「第二 事案の概要」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決書五頁三行目の「過程」を「課程」と、同一二頁六行目の「本件条例に基づき」を「本件条例一一条一項に基づき」とそれぞれ改め、同一二頁八行目の末尾に以下のとおり加える。

「 控訴人(肩書き住所地に居住)は、当時横浜市立大学三年生であり、横浜市の区域内に存する学校に在学する者として、右開示請求をしたが、平成八年に同大学を卒業した(甲三〇)。

なお、控訴人は、本件開示請求に先立つ平成四年四月二三日に「平成四年度横浜市立大学文理学部の二次試験の答案用紙並びにその得点と大学入試センター試験の得点」についての公文書開示請求をしたが、同年七月三日非開示決定を受けている。控訴人は、右決定に対して異議申立(「横浜市立大学平成四年度入学試験成績一覧表・本人に係る分」、「横浜市立大学平成四年度大学入試回答用紙」及び「平成四年度大学入試センター試験個人別成績一覧(本人に係る分)」)をしたので、被控訴人横浜市長は、本件条例一五条に基づき横浜市公文書公開審査会に諮問し、横浜市立大学は非開示理由の説明書を、控訴人は右説明書に対する意見書を、同審査会に提出した。同審査会は、平成六年八月一六日、非開示決定は妥当であるとする答申をし、これを受けて被控訴人横浜市長は、控訴人の異議申立を棄却する旨の決定をした(甲一ないし一〇)。その後、控訴人は、平成七年になって再度本件開示請求をしたものである。」

二  原判決書一四頁七行目の次に行を改め、以下のとおり加える。

「7 国立大学協会の「国立大学の入試情報に関する基本的な考え方」の公表

(一)  国立大学協会は、平成一一年六月一六日、「国立大学の入試情報に関する基本的な考え方」(以下「基本的な考え方」という。)を公表した。

国立大学協会は、自治体における近年のいわゆる情報公開条例の制定・施行や今般の「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」(以下「情報公開法」という。)の制定等の社会情勢の変化等を踏まえ、このような状況の中で、国立大学も、特に入試情報はその開示が強く求められているところであり、「入試情報の開示は、大学間の序列を明らかにしたり、合否判定や成績評価についての大学の自由な判断の余地を狭める等のマイナスの効果をもたらすのではないかとの懸念をもたれることもあるかも知れないが―中略―入試情報を開示することによって、大学の合否判定や成績評価についての信頼性が高まりさらには入試の改善や大学教育の改革にもつながると積極的に理解すべきである。」との見地に立って国立大学の入試情報について検討し、「基本的な考え方」をまとめて、公表した。

(二)  「基本的な考え方」は、(1)情報提供により開示する情報、(2)情報公開法に基づく請求に応じて開示する情報と、請求があっても開示しない情報、(3)請求により本人に開示される情報と本人に対しても開示されない情報に区分し、(3)については、請求により本人に開示される情報として、試験成績(得点・評価・順位)等を、開示されない情報として答案等を、例示しているが、右試験成績のうちセンター試験の成績も開示すべきものとしている。

また、センター試験成績の個別学力試験出願前の本人開示については、高校や大学入試センター等と関連機関との十分な協議が必要であるが、国立大学協会としては、開示すべきものとしてその実現のために主導的な役割を果たすべき責任があるとの認識に立って、実現の方途を検討するとしているが、その中で、右開示が実現していないのは、既にみたとおり、かつて国立大学協会と公立大学協会が、共通第一次学力試験の成績は志望大学のみに通知し、本人及び高校には通知しないと決定したり(昭和五二年)、センター試験の基本方針を審議した大学入試協議会も、センター試験の成績については当面受験生個人への通知を行わないとしたこと(昭和六三年)、また大学審査会(平成五年)も消極、積極の両論併記にとどまり明確な指針を示さなかったこと等によると指摘している。

(三)  「基本的な考え方」は、結びとして、国立大学協会としては、国立大学の入試情報開示については考え方を示すに止め、より具体的かつ明確な基準等の作成については各大学の判断に委ねること、入試情報開示の実施については、平成一二年度入試から実施するのが望ましいが、採点・評価基準や合否判定基準あるいは調査書等のように、開示についてかなりの検討期間や周知期間をおく必要があるため、平成一三年度入試からの実施を目途にするのが妥当と考えられるものもあるとし、平成一三年度より開示することを目途とする情報の例示として、試験成績等を挙げている(以上につき甲四四)。」

三  原判決書一四頁九行目冒頭から同頁一二行目末尾までを次のとおり改める。

「 本件の主たる争点は、本件通知の違法性の有無、並びに本件文書一及び二にかかる本件非開示決定の適否である。」

四  控訴人の主張

1  国立大学協会の「入試情報開示ガイドライン」と原判決の誤り

(一) 原判決が言渡された平成一一年三月八日の数日後、国立大学協会が大学入試成績の本人開示を実施する方針を決めていたことが報道され、同年五月二一日には、同協会が大学入試成績の本人開示を来春から実施すべくガイドラインをまとめたことが報じられた。このことは、現時点で開示の方針が採用されたことにとどまらず、本件開示請求時点でも、本人開示を否定する理由のないことを示すものである。

(二) 国立大学協会は、平成一一年三月、受験者本人の請求があれば二次試験の得点を開示する方針を盛り込んだ入試情報開示ガイドラインの素案をまとめ、同年五月に、入試情報公開ガイドラインを公表した。右素案においては、「開示は各大学が自らの合否判定や成績評価のあり方をより一層真剣に検討し、受験生をはじめとする関係者の信頼を得ることにつながる」と強調し、「入試の難易度が明らかになることを恐れて、受験生に有益な入試情報の開示に消極的になることは大学のとるべき態度とはいえない」と大学側のエゴを戒めている。右素案は、センター試験の得点についても、同試験から二次試験までの期間において受験生に開示する方向性を打ち出したが、ガイドラインに盛り込むかどうかはさらに検討する、としていた。同年五月に公表されたガイドラインにおいては、二次試験前の開示は先送りとなったが、それ以後の時期のセンター試験の開示自体は実現することになるようである。このように、国立大学協会では、入試情報を開示することで、大学の合否判定や成績評価についての信頼性が高まることを素案作成の理由としているが、このことはセンター試験の得点についても同様であるとして、開示の方向性を打ち出したものである。そして、国立大学が入試情報の開示に踏み切れば、各公立大学も同様の方針をとることになることは明かである。

したがって、原判決が、本件文書一を被控訴人横浜市が開示すると、「大学入試センターとの信頼関係ないし協力関係は損なわれ、以後センター試験の実施等に伴う事務について、大学入試センターの協力が得られなくなるような事態が生ずる」とか「制度の参加者が個別独立に制度の前提と異なる運用をすることは、制度に準拠しているもの等に予想困難な混乱を引き起こす蓋然性がある」と認定していることは、誤りである。

(三) 原判決は、本件文書二を被控訴人横浜市長が開示すると、「入学後の学生に対する教育理念・方針に変更を加えるような影響が生じる」「右の教育理念・方針は、大学にとって極めて重要であり、その維持実現は、正当な目的がある」旨判示するが、前記のとおり入試情報開示ガイドラインが、開示は受験生をはじめとする関係者の信頼を得ることにつながるとしていることに照らすと、原判決がいうような「入学後の学生に対する教育理念・方針に変更を加えるような影響が生じる」ことは原則的に起こり得ないはずであるから、右のような影響は個別具体的な特殊事情として立証されるべきであるが、かかる立証は尽くされていないというべきであるから、原判決の右認定も誤りである。

2  本件通知の違法性について

本件通知は、既に主張したとおり憲法及びB規約に保障された控訴人の知る権利・自己情報コントロール権を侵害するものであって、何ら合理性はなく違法である。なお、本件通知は、後記のとおり正しくは本件条例の非開示理由の根拠とされるような意味での非開示を命ずるものではないが、非開示を命ずるものと誤解されるような文面になっていること自体をもって、違法と判断されるべきである。原判決は、センター試験の個人別成績一覧表を開示すると大学の序列化を助長する面があるというが、控訴人一人の成績を開示することによって、大学の序列化を助長することはあり得ない。また、原判決は、試験結果のうち控訴人個人の成績に関する部分であっても、控訴人個人に当然に帰属し、控訴人が支配できるものではなく、当然に知る権利があるとはいえない旨述べるが、控訴人は自分の成績を知ることだけを求めているのであって、その成績を「支配」することまで求めているものではなく、控訴人が自分の成績を知ったからといって、それが大学の合否決定や試験制度全体に対し影響を与えることは考えられない。センター試験を受けた受験生は、その得点によって志望校を決定し、人生を方向付ける。受験生は正確な得点を知って初めて志望校の選択をすることができるから、受験生個人の試験結果という極めて個人的な自分の情報を正確に知ることができないのは不合理である。このような個人的情報に対し、知る権利・自己情報コントロール権が及ぶことは当然である。

3  本件文書一の条例九条一項四号、六号非該当性について

(一) 大学入試センターは、国立学校設置法九条の三に基づき設置された機関であり、本件通知は、同法施行規則五〇条二項に基づいて文部大臣が発した「大学入学者選抜実施要項」を受け、大学入試センター所長が平成四年度に発したものである。これらの規定によれば、センター試験の実施主体は、共同体としての「各大学」であり、センター試験における大学入試センターの役割は、「各大学」が共同してセンター試験を実施する際の「協力者」に過ぎないのである。控訴人が大学入試センターは入試業務の一部を請け負っているに過ぎないと主張するのは、右の意味である。

以上から明らかなように、大学入試センターは、各大学から入試業務の一部を請け負い、あるいは委託されているだけであり、その業務により得られた個人情報を各大学に通知するに当たって、その取扱について命令する権限など有しない。さらに本件通知の文言からしても「公表されないものであること留意し、その保管、管理等に十分配慮する」とするものであって、「各大学」は、大学入試センターと異なり情報の提供先を制限されているものでもなく、「公表」は「通知」や「開示」とは意味が異なる上、本件通知は、公表されないものであることに「留意する」ことを定めるが、各大学が成績を「通知」、「開示」あるいは「公表」することを禁止まではしていない。

以上のとおり、大学入試センターには、各大学に個人別成績の開示を禁ずる権限もなく、右通知の文言上もこれを禁じていると解することはできない。したがって、個人別成績を開示したとしても本件通知に反することにはならない。

(二) 本件文書一は、条例九条一項四号の「国等からの協議、依頼に基づいて作成し、または取得した情報」に該当しないし、「協力関係又は信頼関係が損なわれると認められるもの」にも該当しないことは既に述べたとおりである。原判決が、同号に該当するとした判断の根本的な誤りは、前記のとおり本件通知は、条例に基づく個人別成績の開示請求に対して、これを開示することまで禁じていないのに、個人別成績を開示することが「明確に本件通知に反する行為」に当たるとしたことにある。また、本件条例の目的及び「損なわれると認められる」との文言から考えれば、国等の非開示を求める指示に自動的に応じることが協力関係又は信頼関係を損なわないことになると解すべきではなく、協力関係又は信頼関係を損なう危険が具体的に存在することが客観的に明白であることを要すると解すべきである。大学入試センターは、大学入試の実施主体である各大学に協力する義務があるのであり、原判決が想定するような同センターの協力が得られなくなるなどという心配は杞憂に過ぎない。他に、具体的危険が存するとの事実はない。

(三) 本件文書一が条例九条一項六号に該当しないことは既に述べたとおりである。なお、本号の解釈に際しては、「著しい支障」が発生することが、「客観的に明白」であることを要すると解すべきであり、「支障が生ずるおそれがある」場合に非開示とすることができるものではない。なお、前記のとおり国立大学協会は「入試情報を開示することで、大学の合否判定や成績評価についての信頼性が高まる」として、大学入試センター試験の得点を受験生に開示する方向性を打ち出しているのである。

4  本件文書二の条例一一条二項二号の非該当性について

(一) 本件文書二が右条例に該当しないことは既に述べたとおりである。原判決は、「大学の入学者選抜は、大学の自治の一環として、大学の自主性に基づいて行われるべきものであるから、入学者選抜の結果である入試成績一覧表等を開示するか否かについては、当該大学の判断が最大限尊重されるべきである」というが、大学の自治があるといっても、法令に違反してはならず、横浜市立大学は横浜市の機関として、公文書公開条例の実施機関となっているのであるから、条例による開示の義務を負うことは当然であり、大学自治の問題ではない。大学の特殊性を強調して実施機関から除外すべきであるとの主張は立法論に過ぎないのであって論外である。

(二) 二次試験の成績の開示により「入学後の学生に対する教育理念・方針に変更を迫るような影響が生じる」とするような根拠はない。まして、本件開示請求当時控訴人は三年生であり、決定時には四年生になっていたものであり、この学年に開示することが、学生の間に相対的な優越感、劣等意識等を生じさせたり、横浜市立大学の「入学者を同一のスタートラインに立たせ、発信型教育を行うという基本理念」が崩れることも考えがたい。開示によって横浜市立大学の入試制度や教育方針が損なわれるというのは大学側の主観的な思い込みに過ぎず、何の根拠もない。

五  被控訴人国の主張

1  「基本的な考え方」について

(一) 「基本的な考え方」は、自治体における近年のいわゆる情報公開条例の制定・施行や今般の行政機関の保有する情報の公開に関する法律の制定等の社会情勢を踏まえて、各大学に対して将来に対する指針を示しているものである。現に、その別紙の「入試情報開示の実施時期についての考え方」では、入試情報は、その内容により、開示についての検討期間や関係機関への周知期間が必要となるものがあるとの認識の下に、入試情報を「平成一二年度入試より開示を実施する情報」と「平成一三年度入試より実施することを目途とする情報」とに分類し、試験成績については後者としている。

また、「基本的な考え方」は、各種弊害を考慮して非開示としてきた従前の入試情報の開示に関する取扱を理由のある合理的な取扱と認めた上で、社会情勢の変化等の諸事情を踏まえ、今後は開示による弊害は弊害として、それ以上に開示による効用の側面をより積極的に評価し、入試情報を段階的に開示していくべきことを提言しているのである。さらに、「基本的な考え方」は、元来入試は「各大学の責任でそれぞれの独自の方針により行われる面が大きく、(中略)各大学が(中略)事項によっては別途の方策をとることは、その自治に属することだと考える。」と明記すると共に、平成一一年六月一六日の常置委員会議事要録(甲四五号証)の中でも「基本的な考え方」は「ガイドラインではないので、各大学はこの『考え方』を参考に各大学の基準で情報開示をすることになろう。」と述べられていることから明らかなとおり、各大学を一律に拘束しようとするものではなく、あくまでも学校教育法施行規則六七条でいう大学の自主性を尊重しているものである。

以上のとおり、「基本的な考え方」は、第一に、入試情報の開示につき、その有用性を積極的に評価して進めていくことを将来の指針として提言するものであること、第二に、入試情報の開示に伴い想定される各種弊害の存在についてはこれを肯定し、入試情報を非開示としてきた従来の考え方や取扱を誤ったものと評価しているわけではないこと、第三に、対象とする各大学を拘束するものではなく、最終的には、各大学の自主性に任せるものとすることをその内容とするものである。

(二) なお、「基本的な考え方」は、センター試験の成績の個別学力試験出願前の本人開示につき、「実現の方途を至急検討することとする。」との方針を打ち出しているが、この点についても従前の非開示の考え方や取扱を誤ったものと評価しているのではなく、将来にわたっての開示の指針を示しているに過ぎないことは、前記の入試情報一般について述べたのと同様である。センター試験の個人成績の本人開示の問題については、その前身である共通第一次学力試験の実施の段階からの検討の中で、国立大学協会は「共通第一次学力試験は、入学試験の一部であり、なお、その結果を進学指導に利用させるものではないので、試験の結果は志望大学にのみ通知し、本人及び高校には通知しない。試験の結果を進学指導に利用することは大学及び高校の格差を助長するおそれがあるからである。」とするとともに、平成二年度にセンター試験に移行した際も、大学入試改革協議会が、共通第一次学力試験を踏襲し、当面受験生個人への試験結果の通知は行わないこととしたことを受けて、大学入試センターは、平成四年度においても本件のとおりの「大学入学者選抜大学入試センター試験実施要項」を、各大学に通知したものである。「基本的な考え方」においても、これを是認し、センター試験の個人別成績の本人開示が「今日まで実現をみていない」理由について、「これはかつて国立大学協会と公立大学協会が、共通第一次学力試験の成績は志望大学のみに通知し、本人及び高校には通知しないと決定したり(昭和五二年)、現在のセンター試験の基本方針を審議した文部省の大学入試改革協議会も、当面受験生個人への試験結果の通知は行わないとしたこと(昭和六三年)、また大学審議会の報告(平成五年)も積極、消極、両論の併記にとどまり、明確な方針を示さなかったこと、等によるものである。」としているのである。

(三) したがって、「基本的な考え方」は、入試情報一般はもとより、センター試験の結果についても、従来の考え方や取扱を誤ったものと評価するものではなく、今後の開示について、将来にわたっての方向性を示そうとしたものであることは明かであるから、「基本的な考え方」が、本件処分の適法性に何らかの影響を及ぼすことはあり得ない。

2  控訴人は、国立大学協会が「基本的な考え方」をまとめたことをもって、この事実は、単に現時点で開示の方針が採用されたというにとどまらず、本件開示請求時点においても、本人開示を否定する理由のないことを裏付ける重要な意義を持つものである旨主張するが、右は前記1で述べた「基本的な考え方」に対する基本的な理解を欠くものであって失当である。なお、控訴人は、国立大学協会が平成一一年五月二一日には大学入試成績の本人開示を来春から実施すべくガイドラインをまとめたなどと主張しているが、国立大学協会が「基本的な考え方」を総会で決定したのは同年六月一六日である上、大学入試成績の開示については「平成一三年度入学試験より開示を実施することを目途とする」としているものである。

3  控訴人は、控訴人一人の成績を開示することによって大学の序列化を助長することはあり得ないとか、控訴人は自分の成績を知ることだけを求めているのであって、それが大学の合否決定や試験制度全体に対し影響を与えることはあり得ないなどとも主張するが、控訴人に対し成績を開示する措置を執ることは、一人控訴人だけの問題にとどまらず、必然的に請求のあったすべての受験者に開示することになるのであって、大学入試センター試験成績の本人開示を一般的に解禁することと同一の効果を有することになるのは自明の理であり、かかる結果を無視する控訴人の主張は失当である。その他の控訴人の主張については、既に述べたとおりである。

4  以上により、大学入試センター試験要項(本件通知)が、センター試験の個人別成績を非開示としていることは適法であり、控訴人の被控訴人国に対する請求は理由がない。

六  被控訴人横浜市、同横浜市長

1  「基本的な考え方」(控訴人の主張するガイドライン)は、国立大学協会が、情報公開法の制定や情報公開という時代の要請の中で、入試情報を開示すべきとする指針を新たに表明したものであって、これは明らかに本件通知に代表される従来からの政策を変更したものである。

右「基本的な考え方」に示された国立大学協会の方向転換を受けて、これから公立大学協会でも独自に協議が開始されることになろう。それらの協議の結果を踏まえて、大学入試センターが受験者に対する試験成績の開示をどうするかは公立大学にとって今後の課題である。公立大学が国立大学と同様の方針をとることになることは明かであるとの控訴人の主張は短絡的な結論づけである。

以上のとおり、国立大学協会の「基本的な考え方」は、諸事情の変化を考慮して、今般ようやく発表されるに至ったものであるから、本件非開示処分時に遡及して適用されるものではなく、右処分時における本件通知の違法性を基礎づけるものではない。

2  本件文書一について

大学入試センター試験の成績は各大学が大学入試センターから取得する情報であること、本件通知は明確に個人への成績情報の提供を禁止したものであることは、既に述べたとおりであり、これを認めた原判決は正当である。

3  本件文書二について

(一) 控訴人は、横浜市立大学は横浜市の機関として、情報公開条例の実施機関であるから、条例による開示の義務を負うことは当然であり、大学自治の問題ではない旨主張するが失当である。

情報公開条例は、原則公開を旨とすることは控訴人主張のとおりであるが、そうであるからといって自治体が保有するすべての情報をさらけ出すことは許されず、情報公開が他の権利利益と抵触する場合は、両者を比較衡量して、開示の有無を決しなければならない。大学入試に関する情報を開示することは、その性質上、憲法二三条が保障する学問の自由からの派生原理である大学の自治の理念と不可避的に抵触するものである。本件条例一一条二項二号の文言のうち、特に「本人に開示しないことが正当」という文言の解釈において、本件条例に基づく情報開示請求権と大学の自治との利益衡量が絶対的に必要である。その結果、個人の本人開示請求権が制約されることになったとしても、本件条例自体が、非開示事由を定めている以上当然に想定されていることであって、それ以上に不当に個人の本人開示請求権の行使を制約するものではない。

(二) 本件において、控訴人は成績一覧表と解答用紙とを明確に区別することなく開示請求をしているが、前記国立大学協会の「基本的な考え方」によっても、失当である。

「基本的な考え方」は、入試情報を、(1)情報提供の方法により開示する方法、(2)情報公開法に基づく請求に応じて開示する情報、(3)請求により本人に開示される情報の三つに分類しているが、本件は(3)にかかるものであるところ、「大学が自主的に入試個人情報の本人開示を検討し、実施する際にも、率直な記述が望まれる情報について、開示がそのことを損なうおそれがある場合や、開示により採点・評価の基準が細かく明らかになることによって受験対策に利用され、以後の試験実施の目的が損なわれるおそれのある場合のように、例外的に本人に対してといえども開示されない情報があり得る」として、本人に開示される個人情報として試験成績(得点・評価・順位)を例示しているが、答案については本人に対しても開示されない個人情報としている。このことからしても、解答用紙については、試験成績以上に非開示とする要請が極めて強いものである。また、「基本的な考え方」においては試験成績の開示方法については、各大学の自主性を尊重して裁量の幅を大きく認めているのであって、右「基本的な考え方」によっても、二次試験については控訴人が主張するように、当然に得点・順位をそっくりそのまま開示すべしとすることにはならない。また、「基本的な考え方」は、「各大学の責任でそれぞれの独自の方針により行われる面が大きく、(中略)各大学が(中略)事項によっては別途の方策をとることは、その自治に属することだと考える。」として、大学入試に関する事項が各大学の自治に属することを十分配慮し、各大学の方針に基づく自主性を重視していることは、注目されるべきである。

(三) 横浜市立大学が実施してきた、入試段階での偏差値意識から早く脱却させ、学生の持つ多様な能力を発揮させる発信型教育へと向かわせるための具体的な教育改革の理念に照らしても、得点・順位のみ記載がされた成績一覧表を本人対してただ見せるだけという、単純な意味での開示方法はとうてい採用できない。「入学者を同一のスタートラインに立たせ、発信型教育を行う」という横浜市立大学独自の教育理念・教育方針からすれば、入試成績を開示する場合でも、その教育理念・教育方針に即した開示のあり方をというものを追求する必要があるといわねばならない。

4  横浜市立大学の今後の開示方針について

横浜市立大学においては、前記「基本的な考え方」のうち(1)については既に実施済みであり、また不合格者に対してはセンター試験の成績を含めた総合ランクの開示を実施するなど、従前から主体的な判断の下に積極的に取り組んできた。同大学としては、「基本的な考え方」の(3)についても、同大学独自の教育理念・教育方針に即して、新たな観点からその意義・範囲・方法等を学内において慎重に議論検討しているところである。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も、控訴人の本件請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、当審における控訴人の主張をも踏まえて、以下のとおり原判決を改訂するほかは、原判決の事実及び理由の「第三 当裁判所の判断」欄に説示するとおりであるから、これを引用する。

二  争点1(本件通知の違法性の有無)について

1  原判決書五一頁五行目の「同協議会は」を「国・公・私立大学関係者及び高等学校関係者からなる同協議会は、二年有余に亘り協議検討し、その間昭和六一年四月に「中間まとめ」、同年七月には「まとめ」を公表し、各大学の検討に供すると共に、テストの具体的実施の細目については大学入試センターの検討会議における検討結果を踏まえ」と改める。

2  原判決書六〇頁一一行目の「国立大学協会等」を「国立大学協会や横浜市立大学も会員である公立大学協会」と、同六一頁四行目の「本件通知」を「平成三年六月一日に発せられた本件通知」と、それぞれ改める。

3  原判決書六三頁四行目の「原告のような市民」を「被控訴人横浜市の区域内に存する学校に在学する者」と改める。

4  原判決書六三頁九行目の「発せられるものである。」の次に「また、右通知の内容は、文部省、国立大学協会及び公立大学協会が協議して決めているものであり、これが横浜市立大学(被控訴人横浜市)に対して法的な拘束力を持つものでないことは被控訴人国も自認するとおりであって、控訴人の権利義務を制約するものでないことは明かである(控訴人は、本件通知は非開示を命ずるものではないが、非開示を命ずるものと誤解されるような文面になっていること自体をもって、違法と判断されるべきである旨主張するが、右通知の内容については横浜市立大学も会員となっている公立大学協会も協議に参加しているのであって、横浜市立大学(被控訴人横浜市)が、本件通知の内容を誤解したものとは認められない。)。」を、加える。

三  争点2(本件文書一についての非開示決定の適否)について

1  原判決書六七頁七、八行目の「いわなければならない。」の次に、以下のとおり加える。

「 なお、控訴人は、国立大学協会の入試情報開示ガイドライン(「基本的な考え方」を意味するものと思われるので、以下「基本的な考え方」と表示する。)の考え方からすれば、センター試験の成績を開示することは正当な理由を有するものであり、これを開示したからといって、大学入試センターとの信頼関係ないし協力関係が損なわれ、以後センター試験の実施等に伴う事務について、大学入試センターからの協力が得られなくなる事態が生ずる蓋然性は、本件非開示決定当時においても存在しなかった旨主張するが、本件通知の内容については入学者選抜試験を行う国立大学協会や公立大学協会等の関係機関等が協議して決められているものであり、センター試験の成績については、本件通知当時はもとより本件非開示決定当時においても、非開示とすることあるいは少なくとも当面は非開示とすることが前提とされていたものであって、センター試験を利用する各大学が本件通知に反する行動をとることなどは想定されていなかったものというべきであり、横浜市立大学が、これに反してセンター試験の成績を開示したとすれば、大学入試センターとの信頼関係が損なわれ、混乱が生ずるおそれがあったことは明らかであったということができるから、控訴人の右主張は採用することができない。」

2  原判決書六九頁九行目の「本件通知が個別の成績を開示することを禁じていることは、」を「本件通知は、各大学に対して法的な拘束力をもつものではないが、受験生個人に対する個別の開示をしないことを通知していることは、前記の本件通知が発せられた経過や」と改め、同頁一二行目の末尾に「なお、控訴人は「公表」とは、特定個人に通知することや開示することとは意味が異なる旨主張するが、本件通知の「公表されない」とは、大学入試センターと個人別成績一覧表の提供を受けた各大学以外の第三者には公にしないとする趣旨であることは容易に理解することができるから、控訴人の右主張も採用することはできない。」を加える。

3  原判決書七二頁三、四行目の「実施されるものであるから、」を「実施されるものであり、本件通知当時あるいは本件非開示決定がされた平成七年当時においても、センター試験の成績は個人には開示しないことが当然の前提となっていたものであるから(仮に、センター試験の成績の受験生への開示が検討されていたとしても、当面は開示しない方針の下に統一的に運用されることが前提とされていたといわざるを得ない。)、」と、同頁八、九行目の「蓋然性がある。」から同一二行目の「予想できないではないから」までを「蓋然性があり(これは被控訴人横浜市の単なる主観的な危惧ではなく、センター入試を運用、利用している関係者間に予測不可能な混乱をもたらすことが客観的に予測される。)、被控訴人国(大学入試センター)と被控訴人横浜市(横浜市立大学)との信頼関係ないし協力関係を損ない、以後横浜市立大学のセンター試験の円滑な利用に支障をきたすことが明らかであり、そのため横浜市立大学の次年度以降の大学入学者選抜の事務に著しい支障をもたらす蓋然性が高いと認められるから」と、それぞれ改め、原判決書七三頁二行目から九行目までを削除する。

四  争点3(本件文書二についての非開示決定の適否)について

1  原判決書七四頁八行目の「開示するか否か」の次に「、すなわち本件条例に定める非開示事由の該当性の判断については」を、同七六頁一二行目の「合格者」の次に「(ことに控訴人のように大学三年生になっている合格者)」を、それぞれ加える。

2  原判決書七九頁一行目冒頭から同八〇頁一〇行目末尾までを削除し、同八〇頁一一行目の「4」を「3」に、同八二頁七行目の「5」を「4」に改める。

3  原判決書八一頁七行目の「該当するといわなければならない。」を「該当すると判断した横浜市立大学の判断には十分な合理性が認められるというべきであり、右判断を踏まえて本件文書二が本件条例一一条二項二号に該当するとした被控訴人横浜市長の決定に違法はない。」と改め、同一一行目の「しかし、」を、以下のとおり改める。

「 なるほど、平成一一年六月一六日には国立大学協会が「基本的な考え方」を公表し、入試情報の開示に積極的な姿勢を示したことは前記のとおりであるが、それは自治体における情報公開条例の制定・施行や情報公開法の制定などの近時の社会情勢等を踏まえて、将来に向けての指針を明らかにしたものであり、右のような「基本的な考え方」が示されたこと自体、今日においても現実には入試情報の開示が進んでいないことを示すものであるし、前示の共通第一次学力試験やセンター試験の導入、施行過程での検討や「基本的な考え方」に至るまでの国立大学協会等関係機関の検討結果及び《証拠省略》によれば、本件通知がされた当時あるいは本件非開示決定がされた当時においても、被控訴人横浜市や被控訴人横浜市長が主張する弊害が横浜市立大学やセンター試験の関係者等によって真剣に検討されていたことが認められるのであって、単なる杞憂に過ぎなかったということはできず、また、」

五  以上によれば、控訴人の請求はいずれも理由がなく、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川英明 裁判官 宗宮英俊 川口代志子)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例